keikoのお出かけ日記
| (119) 第17回瀬戸内倉敷ツーデーマーチ 2004年3月14日、晴、倉敷の恒例の春の行事、ツーデーマーチの2日目 に、今年もメーリング仲間と参加しました。 8時に倉敷市役所の受け付け付近で会うことになっていたので、行く と、まだ姿が見えず、会う前に早速お昼のお弁当券を購入。ここで券を 買って、お昼に交換するのです。 少しして、ここ5年ほどの付き合いになるひでお氏、女の子2人を連れ た奥さんと一緒に来た「銀天」さん、少し遅れてベビーカーに去年生ま れた赤ちゃんを乗せた奥さんと一緒に「Hiro」さんがやってきました。 それから、ひでお氏のパソコン講座の受講生のKさんもいましたが、出 発前の記念写真を撮ってくれたと思ったら、出発の行列の先のほうに1 人行ってしまい、歩くのは別でした。 受付をすると、記念品として、蓋とつるすための鎖とフックのついた ステンレスのコップをくれました。私たちはコップは持っていてかさば るので、銀天さんの奥さんにパンフレットと一緒に2人分のを預けまし た。なにしろ参加費が1人2,000円、当日だと2,500円ですから、世話し ていただくほかに、毎年いろんな記念品をいただきます。 歩数計、バッグ、帽子など、ウオーキングに関係するものを考えるほ うも大変だと思います。昨年の帽子は、色がグレーっぽいグリーンで、 比較的色とデザインが良かったせいか、今年も大勢かぶっている人がい ました。今年のコップも、なかなか考えた使い勝手の良いものだったの で、私たちも持っていったものがなければ、すぐ使ったと思います。 さて、参加者はゼッケンをもらい、それに参加する日、コース、県 名、名前、メッセージなどを書き込みます。歩いていて、それらを手が かりにして交流が生まれる仕組みです。 県名といっても、わたしは地元倉敷なので、「倉敷」と書き、名前は ハンドルのKeiko、メッセージは「今年もよろしく」と書きまし た。そうそう、参加した回数も書くので、指折り数えて、(たぶん、で すが)5回目と書きました。 市役所東側の駐車場には、例年通り、メイン会場となるステージがあ り、その前に蛇行するように参加者の待機場所の枠がこしらえてありま した。 そこに向う手前で、去年見かけて、私のホームページに載せたら書き 込みをしてくださっていた、千葉から参加の、全身オレンジの服に身を 包んだ親子3人が。ついうれしくなって駆け寄り、声をかけると、向こ うも喜んでくださり、ご一緒に記念撮影をしました。 集合場所では、先ほどのパソコン講座のKさんに記念写真をお願いし たり、出発までお父さんについてきた銀天さんのお子さんとはしゃいだ りしていたら、後ろからぬっとなにやら紙切れが。見ると、私の後姿を 水彩でさっと描いたはがきです。千葉県市原市から参加の人で、ご自分 のメールアドレスとホームページのURLをあらかじめ印刷したはがき に、絵手紙のようにさっとクロッキーを描いて下さったのです。大原美 術館の記念スタンプまで押していました。それから、すぐに続けて、お 子さんを肩車する銀天さん親子の絵も描いていました。 その人は、歩いているときも、信号待ちなどのわずかな間に、はがき 絵を描いては差し上げているようでした。 さて、出発セレモニーがあった後、にぎやかに送り出され、スタート のゲートのテントで記念スタンプを押してもらってから市役所の建物の 南側を通って出発しました。銀天さんは、そこで見送りの奥さんにお子 さんを返して、見送りを受けながら出発しました。 最初はマラソンと同じで、お団子状態で、どやどやと歩きます。それ が道の細さに連れて、延々と何キロにもわたって伸びていくのでした。 倉敷川に沿って歩くと、その行列の長さが実感できるほど、はるか遠方 まで、人、人、人の列が続いていきます。 今年は、これまでにないほどのよい天候に恵まれ、この川沿いも寒く なく、景色の広さを堪能できました。 さて、最初の休憩場所、粒江小学校に到着です。私と夫は、予想通り 他のメンバーに遅れて最後に到着、待っていたひでお氏とHiroさんが校 門を入ってすぐのところで迎えてくれました。 私は早速校舎内のトイレへ。女性は手間がかかる分、混み合うので、 私は行列の長い1階を避けて、さっさと空いている3階に行きます。その 時点で、足が張っているのを実感。予想通り、3階はさすがに行列もな く、さっといけました。 そして仲間と合流、記念撮影。銀天さんはタバコ休憩、腰には携帯用 灰皿をぶら下げていました。 例年睡眠不足で目の下に隈を作っているHiroさんも今日は「5時間は 寝た」。カーリングの試合で寝てなくて信号待ちの時に電柱に寄りか かって寝たり、二日酔いでトイレで戻したりしたこともあるひでお氏 も、今年は全国大会で5位という好成績で、例年になく元気。 再出発、しばらく歩くと、源平の「藤戸の合戦」の古戦場の近くで す。その頃は海だったので、「浮き洲岩」という史跡があり、コースか ら少し外れるものの、見物に寄り道する人も半分くらいいました。私よ り少し前を歩いていた夫も、その道の方にそれるので、私もあわてて後 を追いました。どうということはない、岩と記念碑なのですが。 さらに行くと、「沙羅の花」で有名な藤戸寺の石段を上るようになっ ていました。 境内では、お茶やコーヒーの無料接待があり、コップはそれぞれ持参 のものを持っていっていただくことになっているので、私も早速、いた だきました。後で聞くと、だいぶ先を行っていたHiroさんとひでお氏 は、大勢並んでいたし、お寺は通り過ぎたのだそうで、どおりで、その 境内の広場には姿が見えませんでした。 藤戸寺から県道を横切って倉敷川のほうに再び出ると、そこにかかっ ている赤い欄干の橋を渡って向こう岸へ。 その橋は、盛綱橋といい、向こう岸の側には、よろいを着て馬にまた がり、海に乗り出す武将の銅像が建っています。 珍しそうに見ている人も多いので、私は、以前メルマガの取材でこの あたりには詳しいので、「あの銅像は、佐々木盛綱といいまして、源氏 の一番乗りをした人です。あちらに平家方の本陣、こちらに源氏の本陣 がありました。そして、浦の漁師に浅瀬のありかを聞いてからその漁師 を殺し、一番乗りに乗り出す姿です。でも、その殺された漁師のお母さ んが、『佐々木と聞けば笹まで憎い』と、近所の小山の笹を抜いてし まったそうで、笹無し山という場所がありますよ」と、ついついガイド をしてしまいました。 橋を渡ってすぐのところを右折、するとその左手には、お経を納めた という「経ヶ島」という、今では小山になった史跡がひっそりとありま すが、だれもこの日は目を止める人もなく通過しました。 そのすぐ先が天城(あまき)小学校です。ここが20kmのチェックポイ ントだったそうですが、スタンプを押してもらうのを忘れました。しば らくして倉敷川沿いから離れ、自転車道を歩きます。ふと、気づくと、 それは昔私が児島に住んでいた頃よく利用していた、今では廃線になっ た、下津井電鉄の軌道の跡地でした。下津井から茶屋町までのナロー ゲージのかわいらしいローカル線でしたが、平成2年に廃止、茶屋町ー 児島間はそれより前の昭和48年に廃止され、倉敷市に売却されたという ことです。 今は自転車道として整備されているので、そこを今回のコースにして いました。鉄道の終点だった茶屋町駅までの数キロは、両側が桜並木に なっており、「桜が咲く頃にまた来たいね」と話しました。まだつぼみ もどこにあるの?というくらい硬かったのですが、歩く道のすぐそばに ずっと続く桜は、車の心配がないだけに魅力的です。 この道の途中では、テレビ局の取材クルーが、取材の準備中だったの で、逆にこちらから写真を撮りました。 茶屋町駅には、ちょうどマリンライナーの列車が入っていました。こ こも、瀬戸大橋線が開通してからは、通学、通勤でずいぶん発展した駅 のようです。 夫が言うには、その駅前すぐのところにあった工場がつぶれて宅地に なったのだそうで、それで、駅前一等地にそんな広い場所あったかな、 というところに住宅やスーパーがあるのかな、と思いました。 茶屋町の町を出ると、倉敷川に注ぐ農業用水に沿って行き、東陽中学 校の校舎と運動場の間を横切って行きました。ちょうどテニスコートで はテニス部の練習中のようでしたが、歩くコースの前に、たぶん1年生 部員なのでしょう、生徒達が列になって、私たちの方に声をかけてくれ ていました。沿道の声援はこのときが最初で最後、でした。 瀬戸中央道の高架下を通りぬけ、しばらく行くと、夫が急に元気なく なり、体温が低下して手が氷のように冷たくなり、熱いと脱いでリュッ クに入れていた上着をあわてて取り出して着てもらったり、レモンキャ ンディーをなめてもらったりして、なんとか持たせました。たぶん空腹 によるスタミナ切れでしょう。 そのうちお弁当を食べる、豊洲小学校に到着。ゴールまでは8.7km だったそうです。ここのテントで、お弁当券でお弁当をもらい、先に着 いて待っていてくれたひでお氏とHiroさんと出会い、運動場の隅の木陰 で地べたに座ってお弁当を食べました。幕の内、結構いろんな品数があ りました。お茶の紙パック付き。食後にと、夫のリュックに入れて背 負ってきてもらった、スタミナ保持用のバナナをいつ配るか相談し、そ の時のほうがいいという事になって、みなさんに1本ずつ、それから キットカットを配りました。 さて、お弁当も終わって最後のひと踏ん張り、国道2号線の下をくぐ り、田園の道を今度は帯江の安産祈願で有名な、不洗(あらわず)観音 寺へと向います。 境内に入ると、赤い帽子の小学生くらいの女の子を中心にした家族連 れを、テレビクルーが取材中でした。 境内を抜け、山の上へ上がり、さらに住宅団地の北側を通って、山か ら下りていきます。 その道の途中の交差点で、畠の境目のコンクリートの土留めの上に、生 まれて間もないと思われる子猫ちゃんが、ミューミューと、か細い声で 鳴いているのを、交通係の指示待ちのときに見かけました。「捨て猫か なあ、生まれたばかりのようだけど、拾うわけにも行かないし」と言い ながら通り過ぎました。 山を下り、福島付近の片側2車線の広い道路に出たとき気づくと、そ の猫ちゃんがなんと付いて来ていて、足元をよたよたと歩いていまし た。どうなるのかなあ、と心配になっていたところ、後から来た70歳く らいの女性のクリーム色のジャージの懐に、その声を聞きました。「泣 かんでもいいよ」など声をやさしくかけています。ホッとしました。 コースは、羽鳥東の交差点を南下し、小町トンネルの方向に向うの で、「まさかあのトンネルの排気ガスだらけの中を歩くんじゃ無いで しょうね」と心配になりました。すると、トンネル手前から山に登るの でした。いつもトンネルを車で通過しているので、そんな山の上を歩い て行くのは初めてでした。どこかのガレージでは、飼い犬が大勢の人が 通過していくのを不安げに見ていました。いつになく大勢の人が通るの でびっくりしていたのでしょう。 山を下りると、そこはペアーレ倉敷の裏手で、市民会館の南側から美 観地区の南の端を通りました。折りしも、13日からは倉敷音楽祭が開催 されており、川の上に水上ステージが橋のように掛けられていました。 芸文館の西のメインストリートを南下すると、そろそろ先にゴールし た人たちが、駅に向って家路に着くのとすれ違いはじめました。 そしてとうとう市役所に到着。北西の入り口から入り、南東のゴール 地点までは市役所の敷地内を通り抜けました。ゴール。スタンプを押し てもらうと、その向こうは例年通りのテント村。 そしてまた、テレビの取材クルーが取材中で、よく見ると帯江の観音 さまの境内でも取材されていた、赤い帽子の女の子の一家でした。 その向こうに、これまた目立つ、千葉からのオレンジずくめの親子 が。うれしくてかけより、お父さんに声をかけると、向こうもうれしそ うでした。「また来年も来ますからよろしく」。全国を歩いて回ってい る頼もしい一家です。 こちらは、先についていたメンバーと合流、迎えの家族とそれぞれに 出会って、これまた恒例となった、参加者数を掲示した看板の前で記念 撮影、そしてスタンプのカードの番号による景品の抽選をみて、全員は ずれ、を確認してから解散しました。 私と夫は、市役所内部の喫茶室に寄って、よくがんばったご褒美、 と、500円のケーキセットを食べてほっとしました。 ・・・それがよくなかったのか、帰宅後計ると、体重は全く減らず、 体脂肪が増えていました。がっくり。しかし、元気で行ってこられて、 幸せでした。 歩数計は、30352歩と出ていました。 千葉県から参加の全身オレンジの家族3人のホームページ http://homepage3.nifty.com/yumeo/ 千葉県市原市から参加の絵手紙作家?の人のホームページ http://sky.zero.ad.jp/^zaa54413/ 藤戸の古戦場については、以前「Keikoのちょっと言わせて」でも描き ました。 http://kurashiki.to/magazine/keiko/036.htm http://kurashiki.to/magazine/keiko/037.htm 下津井電鉄の歴史 http://www.shimoden.co.jp/history/history.html |
![]() 1.スタートのスタンプを押してもらいに。出発風景。 ![]() 2.「パパ、行ってらっしゃい」 ![]() 3.信号待ちの間にも、さらさらと絵筆を走らせる人。千葉から参加だそうです。 ![]() 4.延々と続く、倉敷川沿いの人の波。 ![]() 5.お茶やコーヒーの接待のあった藤戸寺。 ![]() 6.下津井電鉄軌道の跡地の自転車道。 ![]() 7.東陽中学校のテニス部員に声をかけられる。 ![]() 8.帯江の不洗観音の境内で。 ![]() 9.美観地区の横を通りました。 ![]() 10.ゴールです。 ![]() 11.参加者数。 |
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