keikoのお出かけ日記
| 前の週の厳冬から比べると、春めいた陽気の2004年2月1日です。 ちょっと用事で出遅れ、出たのは11時半ごろ。 夫の言う行き先は、熊山。私は見ていなくてわからなかったのですが、 この日の山陽新聞28面に、熊山町調整施行50周年記念の記事が出ており その中に、「古代ロマン秘める国史跡指定の石積遺構」という見出しの記 事がありました。 熊山町と備前市の境にまたがる507mの熊山の山頂に、ほぼ方形に築 かれた石積遺構があるという写真入りの記事。 そうとは知らず、「なんでまた、熊山なんよ」と、思いながら、私の方 の愛車イストで出発。運転は私。遅い出発なのでと、倉敷インターから高 速道に入りました。ところが、私はトンネルが苦手で、トンネルに入ると 側壁に吸い寄せられたり反対に中央に寄ったりして、手にじっとりと脂汗 をかいてパニックになるのに、岡山方向はトンネルだらけ。あわてて路側 帯によって夫と交代。やれやれ。 夫の運転で、1km以上のトンネルが5つくらいあったのを通過。山陽 インターで降り、900円。 インターを降りてすぐの道を右へ。 ところで、11時半ごろ家を出たので、もう昼時。というのに、なにしろ 飲食店などそこら辺にはめったにないのでした。腹ペコのままその遺跡と やらに行っても何もありつけそうにないので、必死で探して、見つかった 喫茶と軽食の「花・花」というピンクの看板に飛びつき、「こんな所で・」 と渋る夫を無視してさっさと店内へ。 喫茶が主かと思ったら、店内の7つか8つくらいのテーブルはお昼を食べ るお客さんで8割がたふさがっていました。だって周辺にお店がないから 当然といえば当然かも。 メニューは定食が600円から800円くらいで各種、パスタもカルボナー ラ700円など、そのほか色々あり、軽食メニューも結構充実。で、580円 の日替わりランチを注文。天津飯とコールスローサラダ、味噌汁、漬物でし た。コーヒーをつけると150円アップ。 私の背後には、たまたま取材帰りか何かの、ケーブルテレビ・ONIビジョ ンのクルーの2人が雑談していて、つい耳ダンボに。その2人も日替わりラ ンチを食べ終わると外の社名入りの車に乗って行きました。 多田原という信号がそばにあるその「花・花」という店を出て、熊山の方 はすぐでした。 松木というところに十字路があり、そこに「英国庭園」という看板が見え たので引かれてその方角に左折して少し行くと、病院と役場と農協と公民館 が固まっているところがありました。その遺跡の地図とかがもらえるかもし れないと思って、公民館に行ってみました。 すると、事務所にいた人が案内図をくださり、地図を広げて親切丁寧に道 を教えてくださいました。 「車は小さいですか? 山道はとても狭いですよ」というので、ハイと答 えて、言われるままに吉井川にかかる橋を渡り、山陽本線沿いに土手道を走 り、途中で線路の下をくぐって山側に出て、いよいよ登山道にかかりました。 結果、その人の言った通り、向こうから来たらもう避けるところもなく、道 幅は車1台分くらい、その両側にはラインもなく路肩のアスファルトは自然 に崩れた感じ。助手席の夫が谷側になったときは、すぐ谷底が見えるらしく、 「ゆっくり、ゆっくり行ってくれぇ。頼むから」。と、情けないような声を 出して、恐ろしそう。延々とそのような細くて曲がりくねった道が続き、山 を切り崩した両側が崖(壁)というところもありで、大変な道でした。 こういうときは運転していたほうが楽。自分の腕は自分が知っているけれ ど運転ができるのに助手席だと、相手を信用できなくなると思いました。 やっとのことで、なんとか駐車場へたどり着きました。 割り合い広い(20台分くらい?)駐車場には、車が1台だけ。それでも先 客がいることが信じられないくらいの山道でした。 駐車場から上へは、歩く道になっています。山道を少し行くと、うっそうと した巨木の森になり、その影で、暖かい日だったのに底冷えがするような寒さ を感じました。きっと夏場だととても涼しい場所だと思います。 高い木立の間を歩いていくと、右手に熊山神社へ行く道がありましたが、第 一目的の遺跡をまず見ようと、まっすぐ行きました。道端には、樹齢千年とい う しめ縄のついた大杉が2本、幹の直径が1,5mくらい。さすがに周囲の木の中で 異彩を放っていました。 やっと広場に到着。そこは元は帝釈山霊山寺というお寺の伽藍だったところ のようで、鐘楼の跡とか、崩れかかった石段とか、古い五輪の石塔などがわず かにその跡を留めており、そのかたわらに、一辺約11mという方形の3段積み の遺跡がありました。中ほどに2mくらいの奥行きの穴があけてあるほかはま るで三段重ねのケーキのようにだんだんと小さい物が3段。なぞの遺跡だそう です。 ちょっと見ただけではこれが遺跡?という感想。でも日本にはないような積 み方の石組みです。 周囲を囲む杭とロープがなければ、何の変哲もなさそう に見えましたが、こんな507mという山の上に、なんでこのようなものがあ るのでしょう。 その広場の横には、菅理棟という研修施設の建物とトイレがあり、少し下 がった見晴らしのよいところに、木で作った展望台がありました。登ると1人 先客がいて、向こうに縦に見える蛇行した吉井川、その向こうに見える町並み がどこだろうと言っていたら、長船だと教えてくださいました。 その気で見ると、長船大橋がかかっているのがわかりました。 そこから山を一周する遊歩道も地図にはあったのに、道がわからず、来た道 を引き返し、途中、熊山神社を見学しました。 ここは、「太平記」に出てくる児島高徳が建武3年(1336年)兵を挙げたと いういわれのある場所で、軍議の時腰をかけた岩と旗を立てた岩と伝えられる 物が境内にあります。備前焼の一対の狛犬と、石組みの少し崩れそうなその台 座、かたわらの崩れかかった土塀がその時代を感じさせますが、本殿は残念な がらかなり後世の貧弱な建物でした。狛犬の腿の部分には、寄贈した人の名前 がたくさん刻まれていたのが焼物らしいところ棚と思いました。 本殿の両脇の部屋には、右側に牛、左側に馬の木製のほぼ実物大の作り物が 奉納されているのが格子越しに見え、珍しいなと思いました。 山の中では、万富駅方面からと思う、ウオーキングスタイルで歩く人たち3 組くらいとすれ違い、駐車場に帰ってみると、7、8人のグループがこれから登 って行くのと出くわしました。行くときたった1台だった車が4台になってい て、 あの山道を思うとびっくりでした。 夫が、帰りは備前の方面へ出てみよう、と言い、ははん、あの恐怖の細い山 道をもう通りたくないのだな、と、ちょっと距離的には遠回りになるかもしれな い、備前方面へ降りることに。ところが、備前方面への道は、道幅がほんの少 しですが広く、しかも両側に白線がちゃんとはっきり引かれていて、見るからに 整備がしてあり、なんだ、熊山というから熊山町から登ってきたのに、反対側の 備前からの道のほうがメインだったの?と、がっくりする感じ。たぶん他の車も そっちから来たのでしょう。ただ、一箇所だけ、「全面通行止め」という箇所が あり、路肩が崩れていて、日曜で工事はしてなかったのでそろそろと通り過ぎま した。高い崖になっていて、そこだけはまたしても夫の側だったので、きっと怖 かったと思います。 どちらにしても深い谷底を見下ろすちょっと怖い道だったです。助手席に乗 る運転が出来る人は、多分心臓によくないと思います。 備前からは国道2号線に乗って帰り、3時40分ごろ倉敷着でした。 軽食・喫茶 花・花 赤磐郡瀬戸町 (詳しい住所不明)多田原信号そば 電話 08695(3)2424 午前7時〜午後7時、オーダーストップ午後6時半 水曜定休 参考ホームーページ 岡山県熊山町のページ http://www.town.kumayama.okayama.jp/ 熊山石積遺構 http://www.ne.jp/asahi/rekisi-neko/index/kumayama.html 熊山(おかやまの自然百選) http://www.pref.okayama.jp/seikatsu/sizen/hyakusen/hyakusen/017kumayama.html |
1.熊山山頂の駐車場からいざ石組遺跡に出発という入り口部分。![]() 2.深い木立の間の道です。案内標識はしっかりありました ![]() 3.古代のピラミッドのような、石組遺跡。一辺が11mくらいの四角錐です。 ![]() 4.石組は、もと帝釈山霊山寺というお寺の伽藍のなかにあり、そのお寺の石段。崩れたのが年代を感じさせます。 ![]() 5.岡山県南部では一番高いという山の展望台だけに、吉井川の流域、長船の町のほうが見えます。長船大橋の左手は福岡というところで、九州の福岡の由来となった場所です。 ![]() 6.熊山神社の備前焼の狛犬と後ろの崩れ掛けた土塀。台座の石組みが少し崩れかけているところあたりが年代を感じますが、それにしても先ほどの石組遺跡のほうがこれよりもずっと前に作られているはずなのに、しっかりとしていましたね。 ![]() 7.熊山神社の本殿の両脇には、木造の牛と馬が奉納されていました。軍馬ともなったでしょうが、元は農耕馬だったでしょう。 ![]() 8.熊山神社境内にある、「太平記」にも出てくる児島高徳が建武3年(1336年)挙兵した時に腰掛けたと伝わる岩と、旗を立てたと伝えられる岩。 ![]() |
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