keikoのお出かけ日記
| 2004年1月11日(日)、朝ほんのちょっとの間晴れ間があったの に、日中はどんよりと曇って湿っぽくて寒い日となりました。 例によって「さあ、どっか行こう」と言う夫に、「どっか、ってどこよ」 と聞くと、具体的には何もないのでした。で、先日もらった岡山の観光 地図を広げ、あまり知られていないところに行ってみようと、鴨方町の 「かもがた町屋公園」というのに決定。 車は私の愛車istになりました。istは夫のCLOWNに比べると 長さはたぶん1mくらい短くコンパクトで小回りが効き燃費が断然いい という替わり、長距離はシートのクッションがふわんふわんのCLOWN に比べると固いですね。 早速カーナビをセット。電話番号を入れると、ありました。有料道路 優先と出たので、一般道に直し、国道2号線を西に向いました。 出発が11時20分だったので、昼ごろ到着。 鴨方町はあまり行ったこともなく、土地勘がないのですが、カーナビの おかげでちゃんと石の道しるべのあるところにたどり着き、そばには広 い駐車場もちゃんとありました。 そこは、2軒の大きな民家を保存修理して、東の一軒を交流館、西の 一軒を伝承館、土蔵をふれあいの館、そのほか芝生や七草園など遊び場 を作って整備したところでした。 門松も飾ってあるその二つの建物の間の正門から入り、向って右の交 流館に行ってみると、裏と思われた北側の引き戸の横に喫茶メニューが。 「交流館」という名のあるとおり、そこは甘酒、ぜんざい、そうめん、 コーヒー、抹茶といった軽食喫茶となっていて、その奥の座敷ではちょ うどどこかの学校の同窓会が開かれる直前でした。 2階を見せてもらえるというのでスリッパを履いて狭い階段を昇って みると、そこは太い梁がむき出しになったところで、鴨方ゆかりの画家、 京都で鶴沢探索に師事した田中策我の掛け軸などの特別展がありそのほ かお駕籠、そうめん作りを示した人形の模型が飾ってありました。なる ほど、鴨方は昔からそうめんが特産品だったのですね。 その2階を下りると、管理者らしい、ハッピを着たボランティアの老 人数人のうちの1人が、「伝承館にも行かれる?」と聞いてこられたの で、「ハイ」と答えると案内してくださいました。 伝承館という名前になっている建物は、岡山県指定重要文化財で、先 祖が奈良の橿原神宮の近くからやってきたという高戸家の建物です。 入場料100円。入ると土間で、左手は商売の油屋、つまり昔の行灯 に使う菜種油を商う部屋が離れてあり、土間をはさんで座敷へと続く本 来の商売用の部屋を鴨方藩の藩主が本陣として泊まっている間は板戸で 仕切れるようになっていたそうです。 また、その母屋の上がり口の部屋の道路側には、倉敷の町屋と同じよ うな格子がはめてあるのですが、奈良のほうの町屋のつくりと同じよう に、それが引き戸になっていて、お祭?など道側から出入りの人が多い 時には引き込めるように工夫されていました。 それからその部屋の赤い壁は、以前見た吹屋のベンガラを使ったもの だと思っていたら、説明によるとそうではなく、遥照山に出る赤い土を 使ったものだということが、研究者によってわかり、保存修理するとき にそれが使われているそうです。 また、まん中の部屋の前には間口1間半くらいの広い式台のある玄関 がありました。ところがそれは元禄年間に、町人の家はそういう式台を 作ってはいけないという法度ができたそうで、後にその式台の間は床を 張って部屋になっていたのを、修理するときに発見されて元の形にして 公開しているそうです。ということは、その家が少なくとも元禄のその 法度ができる以前に建った証明になるそうで、築350年以上という事 になるそうです。 そのあたりまで大変興味深くて面白く説明を聞いたところで、あとか ら2組4,5人のお客が来たため、そのボランティアの人が料金をもらい に出て、その人たちにも説明をしなければならなくなったので、もう一 度私も一緒に聞きました。しかし、その人たち、私ほど興味がないらし く、どうも反応のない聞き方。私がとても面白いもので、「ほう〜」。 とか感嘆の声を上げたり、質問したりして聞いていたのでその説明役の 人も力が入っていたのに、今度の人たち、おとなしいので説明のほうも おざなりになり勝ち。物事興味を持って積極的に聞くこととそうでない のとでは、得られるものもちがいますよね。 お座敷には、鹿の絵の襖絵がありました。昔の金持ちは、絵師を呼ん でそういう襖絵などを描かせたものだそうですが、四季の襖絵のうち、 その絵は倉庫にしまわれていたため、保存状態がいいということでした。 また、鴨方は岡山の藩主の弟が領地としてもらいうけ、鴨方藩になっ たものの、藩主は今の林原美術館の付近に住んでいて、鴨方には住まな かったので、見に来るときにはその伝承館となっている高戸家のような 大きな家を宿としたのだそうです。 そのため高戸家の庭には御成門があり、駕籠を置く丸くて平らな石も 庭の上がり口にありました。 また、座敷の床の間の壁は、お殿様の泊まられる時にはいつもまっ白 であるように、塗り壁ではなく鳥の子紙を貼る襖のような壁になってい るそうです。そして、驚いたことに、塗り壁のコストよりも鳥の子紙の ほうが昔は貴重で高価だったそうです。私があまり熱心に見るものです から、本来は立ち入り禁止にしているその床の間の壁のところまで行か せてもらい、壁をすぐそばで見せてもらうことができました。 西の端の濡れ縁の先にはなつめ型の石に手水鉢が彫ってありました。 そして裏の部屋に。外には網が張ってあるということで、実は雨戸にコ ゲラが来て穴を開けてしまうんです、と直径7、8cmくらいの穴が開 いた雨戸を見せてくれました。また、そばの金具の立派な古い箪笥は、 引き出しの長さから、隠し引き出しがあることがわかったと、引き出し て見せてくださいました。 その部屋のかたわらの小さな板の間は床が一部張ってなくて、床下に 石の溝ができているのを見られるようにしてありました。家の奥さんか 誰かが薮内流?のお茶をするため、水屋にするので流した水が床下から 出て行くようにとあらかじめ溝を作っていたものかもしれないというこ とでした。 裏の台所部分は、修復工事の前は崩れてしまっていたそうで、それを 板の間などに修復したそうです。土間には木製の流し台と、かまど(お くど)がありました。普通は土間に直接築くおくどが、ここのは災害の 時には人の手で外に出して使えるように、可動式になっていたことでし た。そんなおくどは初めて見ました。 台所の隣が、最初にここへ入ってきたお店側の土間です。その土間の 上の天井は最初は吹き抜けになっていたのが、ある時期に天井を張って 2部屋作っているそうです。その屋根が、先ほどの母屋とは違う木組み が使われており、ひとつの建物で2つの工法を取っているのは珍しいと 言うことです。土間の天井を一部抜いていて、屋根の木組みが見えるよ うにしていました。 この旧高戸家の建物ひとつとっても、350年の間に住み手が例えば 玄関の式台を禁じられればそのところに床を張って一室にして使うとか 元は吹き抜けだったところに天井を張って2部屋作るとか、時の流れと 住み手の工夫が見られ、大変面白く興味が尽きないところがありました。 倉敷の町屋よりだいぶ古いそうですから、一見の価値があると思いま した。 かもがた町屋公園 〒719-0243 岡山県浅口郡鴨方町大字鴨方240 電話 0865(45)8040 FAX 0865(44)6089 開園時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで) まちや亭(食堂)10:00〜15:30 休館日 毎週月曜日、祝日の翌日など 所管 鴨方町教育委員会 電話 0965(44)7001 関連ホームページ 岡山県鴨方町 http://www.toukei.maff.go.jp/shityoson/map2/33/443/index.html |
1.「江戸へ182里」。一里は約4kmとすると・・・ かもがた町屋公園の道標。石に刻んであるので見え難いです。 ![]() 2.旧高戸家の分家の母屋を修復して交流館とした建物。中は喫茶と2階が展示室になっている。 ![]() 3.交流館の入り口。北側にあります。 ![]() 4.交流館2階展示室にある手延べそうめんの製造工程を示す模型。 ![]() 5.伝承館、岡山県指定文化財の旧高戸家の母屋。高戸家は油屋で、祖先が奈良から来たので、奈良の橿原神宮の付近の建築様式になっている。 ![]() 6.伝承館の台所。かまどが移動できるようになっているのが珍しい。 ![]() 7.(ついでに)この日は倉敷市の成人式があったらしく、晴れ着の娘さんたちを芸文館の横で見かけました。やっぱり着物を見るときれいですね。 ![]() |
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