| (107) そして台北から日本へ 2003年11月16日、台湾最終日となりました。 前日朝から車で日月譚の観光地をめぐり、少し疲れ気味。 朝食はバイキング形式なので、夫はついつい取りすぎてしまい、私が お手伝いする羽目に。 この日は飛行機に乗るために、加藤さんが11時20分に迎えに来てく れる約束でした。 それで、朝はホテルの近所を散歩してみました。 ホテルの北のほうに公園があり、そこには国立自然科学博物館や植物 園の温室などもあるので、そっちへ向いました。 ちょうど日曜日でもあり、小学生くらいの子どもを連れた家族連れが 多く来ていました。自然科学博物館のほうにはジョーズみたいな看板が かかっていて、海のギャングのような生き物の展覧会をやっているよう でした。ところが、立体映像の映画とか、中のイベントがたくさんあり、 入場はそのどれとどれを選ぶかとかで料金が別れるので、券売り場で係 の人に聞かれても、台湾語で答えられない!・・・ しかたなく、すごすごとそこをあきらめて、向いの温室に向いました。 幸い、温室はそこだけの入場券だったので単純で、1人20元払って入 ることができました。 熱帯温室の中は、以前行った事のある、鳥取の花回廊の温室くらいの 規模で、高い天井部分から、何本もの滝のような水が中央の池に向って ふり注ぎ、熱帯雨林の気候を作り出していました。 花回廊と違って花ばっかりというわけではなく、それでも蘭の種類は たくさんあって、お花いっぱいで楽しめました。 また、お母さんと子どもが学校の宿題なのか、なにかレポート用紙を 持って、調べ物をしている様子はほほえましいなと思いました。 まん中の休憩所では、トイレに行こうとすると、「女子化粧室」とい う表示。英語でも「Rest room」とあり、そういう表示は台湾 に来て初めて見ました。最初に見た台北の忠烈祠のトイレには「厠所」 と表示がしてあったのを思うと、日本語でもそうですが、台湾語でも色 々な表現があるのだろうなと思いました。 温室を出て元の道路沿いの歩道を歩いていると、向こうから派手な黄 色の軽トラックが4、5台連なってなにかがなりたてながらパレードし て来ました。どうやら、大売出しの宣伝隊のようでした。 それからそのそばを走っていた1台の自転車。前にも書いたように、 台湾ではたくさんのバイクが走っていたのですが、自転車を見かけたの はこのときが最初で最後でした。 ホテルに戻ろうとすると、先ほどの黄色のトラックが宣伝していた店 は、なんとホテルと同じビルの下の方のテナントの電器屋さんだったよ うで 景品交換所みたいなのやら、目玉商品の引換所みたいなのやらが 店頭に並び、黄色のポロシャツを着た店員さんが応対していました。開 店を待つお客の行列が長く伸びていました。 夫が広告チラシをもらって来たのでみると、日本の電器屋さんとほと んど同じような形式の、「盛大新開幕」の燦坤という店の安売りチラシ でした。 2泊お世話になった台中金典大飯店の12階のフロントにキーを返して チェックアウトしたのは、11時20分。「少々お待ちください」という 日本語以外はあまり話せない彼女達でした。 予定通り加藤さんが1階玄関に迎えに来てくださいました。 空港のある台北へ出る前に、軽く昼食をしましょうと、昨夜に続いて ごく庶民的な、知り合いだという店で、煮込みうどんのような太めの麺 と、茹でダコ、豚カツとそっくりの揚げ物を食べさせてくれました。 麺は小エビを揚げたものをだしにしているのだそうです。カレーのよ うな色をしたあっさりした味でした。 その店を出て、いよいよ台中ともお別れです。景色を見ていると、前 日夫と加藤さんが話していたビンロウを売る小屋がところどころに見ら れました。ビンロウというのは、台湾に自生する椰子の一種で、その実 に石灰で加工してガムのようにした物だそうです。若い女性に店番をさ せ、しかもその服装がビキニのように露出度の高い物が多いということ でしたが、この日見かけた人達も、かなり目を引く服装でした。 先日の加藤さんの娘さんの話によると、彼女達はかなりの高給取りで、 日本円で15万円くらいになるのだそうでした。 加藤さんは週3回透析を受けているそうなのに、土日はないというこ とで、片道約2時間の高速道路を自ら運転して中正国際機場の第一ター ミナルまで連れて入ってくださいました。 高速道路はそれほど見るべき景色もなかったのですが、途中渋滞に会 ったのでどうしたのかと思ったら、その先頭は事故車がありました。 へこんだ車のそばには、家族連れらしい5人くらいの人が立って事故処 理を待っているところのようで、大事故ではなくてよかったです。 渋滞している間に両隣の車を見ていると、日本ではまだ見た事がなか ったクライスラーのネオンを2台見かけました。小型車で、日本車かと 見まがう感じでした。 台湾の国産車というのは見ませんでした。左ハンドルのため、日本車 はエンジンだけ日本で作られ、ほかは台湾で製造された物との事、トヨ タ、日産、三菱、ホンダなどほとんど見かけました。 国際空港は、第一と第二ターミナルがあって、全然別の場所なので、 間違えると大変なのだそうですが、初日のガイドの李さんがそこも教え てくれていたので、最後まで助かりました。 第一ターミナルに着くと、ちゃんとめざすキャセイパシフィックが入 っていて、ホッとしました。 加藤さんは時間ぎりぎりまで喫茶店でつきあってくださり、最後に握 手してお別れしました。まったく、日本で夫がどんなお世話をしたのだか 知りませんが、ご親切にただただ感謝でした。 飛行機に乗りこむと、今度は席がまん中の4人掛けの席の中の2つ。 左の端の小太りの台湾人らしい人が、怖そうな顔なのに結構親切で、荷 物を上に上げるときや、降りるときには私たちに場所を譲ってください ました。私の右は日本人ビジネスマン。でも機内食が出た後、トイレに 立とうにも、その人コーヒーを飲みかけていて、立つ事もできず、関空 までじっと我慢でした。 離陸したのが午後3時55分でした。機内食が4時40分ごろには早くも 出され、5時ごろには食べ終わっているという、到着時に片付けていたい という都合によるものとみえます。 献立は、チキンを選ぶと、チキンのグリルに角切りのフライドポテト、 まん丸にカットした人参グラッセとスナックエンドウのつけ合わせ、果 物が瓜のようなの、ロールパン、それになぜか台湾製のキットカットチ ョコ。それに飲み物にジュースを頼みました。 5時半ごろ宮崎上空。ここで日本時間に切り替え、6時半にしました。 関空到着が7時ごろ、倉敷に帰ったのは夜10時過ぎの事でした。 お蔭様で、めずらしい物を見たり聞いたり食べたりしてこられた4日間で した。突然に強引に決めてしまって連れて行ってくれた夫に感謝です。 |
1.国立自然科学博物館正面。後方向って右が泊まっていたホテルの台中金典大飯店。![]() 2.熱帯植物の温室。温室の前には巨大な蝶のオブジェ。 ![]() 3.温室内の水槽の魚を見る親子連れ。 ![]() 4.台中のそごう(広三崇光百貨公司)の建物のある大通り台中港路一段。 台中は人口約100万人の都市だそうです。 ![]() 5.ホテルのあるビル1階の電器屋さんの大売出し風景。 ![]() 6.お昼を食べた庶民的なそばや?さんが右、左の赤い三菱車の上にある「租車」とはレンタカーの事。でも旅行者はレンタカーには乗れないようです。 ![]() 7.煮込みうどんのような麺。揚げた小エビがだしになっているそうです。 向こうは茹でタコと豚カツそっくりの物。 ![]() 8.車内から見た台中市街地の看板。椰子の実から作る嗜好品、ビンロウの看板も見えます。 ![]() 9.台北の中正国際機場第一ターミナル。 ![]() |
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