keikoのお出かけ日記
| (104)台北の夜店の味は 前から夫が、11月ごろ旅行に行こうと言ってはいたのですが、私も 毎日が忙しく、なかなか返事が出来ないでいた所、急に強行突破と いう感じで、決まってしまい、11月13日(木)から16日(日)までの3泊 4日で、行き先は台湾。 私にとっては新婚旅行以来の海外旅行となりました。 パスポートだけは2000年に取って、出番がなかったのがこのたび やっと日の目を見ました。 倉敷出発は朝の7時過ぎ、キャセイパシフィックで関空から飛び発った のは10時40分の事でした。幸い窓際の席が取れ、遥か下の方に、 土佐湾や日南海岸が見えました。 機内食は、おにぎりと筑前煮、メロンとりんご、それにロールパンとバタ ーという献立。 機内で台湾時間に合わせて1時間時計を遅らせました。着いたのは 現地時間の12時45分、約2時間のフライトでした。上空からは、ため池 が多数あるのと、田んぼが見え、日本とそれほど変わらないように見 えました。 入国審査はなかなか能率が上がらず、50mくらいの行列が10本 以上出来ていました。列の短いのを選んで並んでいて、よく見ると 「SITIZEN」とあり、私たちは「NON SITIZEN」のほうだったのであわてて 変わりました。 空港の建物の外には、旅行社に頼んでいたガイドの李さんという、39歳 の浅黒くメガネをかけた人が待っていてくれ、別に運転手さんのいる乗用車 が来て、観光案内をしてくれる事になりました。 空港から台北市内まではおよそ40分〜50分かかります。 飛行機が午後着いたもので、観光コースも駆け足で3つくらいしか行け ませんでした。 日本で言うと靖国神社みたいな、軍が管理しているという「忠烈祠」。 陸海空軍ともう一つなんとかが、3ヶ月ごとに交代で警護しているそうで、 先月からは海軍の担当だそうでした。海軍の軍服が一番かっこいいのだ そうです。 背が175cm以上でメガネをかけていない若い兵隊が選ばれてするのだ そうです。ちょうど3時にその交代があるから、ということで、見物に。 なるほど、褐色の肌のすらりと見上げるような兵隊さんが不動の姿勢で 銃剣を持って立っていて、そのうち交代要員が来て、靴のかかとに仕込んだ 鈴のようなものの音を立てながら、厳かな歩き方で廟の建物に向って、 隊長以下5人が隊列を組んでゆっくりと進み始めました。 観光客がその周りを取り巻いて、写真を写しながら付いて行きます。 次は有名な故宮博物院でした。本来なら、ここだけで2、3日たっぷりかけ たいところですが、今回はほんの40分くらいしか取っていなかったため、ガイ ドの李さんもほんのさわりの部分だけを急いで走るようにして説明してください ました。 NHKの故宮の番組でもいくつか見た事がありますが、白菜の形に彫刻した ヒスイ、象牙を掘り出して丸い玉の透かし彫りを何層にも渡って回るように くりぬいた物、桃の種を彫刻して舟を彫りその舟に何人もの人が乗っているよう に細工したものには天眼鏡がセットしてありました。 1枚が2000万円くらいするだろうと言われた白磁の焼き物、水墨画、王義之 の書、赤い珊瑚や真珠、翡翠の玉を使った装身具や子どもの頃の皇帝のおも ちゃなど、膨大な宝物のほんの一部を見物して来ました。 日本語ガイドの李さんは、例のSARSの騒ぎの最中には、5ヶ月も休業を余儀 なくされたのだそうで、安全だから是非台湾に遊びに来てくれと宣伝してくだ さいよと言われました。 そのせいでもないでしょうが、大変親切で、翌日私たちは台中に行く予定 だったのですが、電車だと台北駅が複雑で切符を買うのやホームに出るのも大 変だからと、安くて便利な高速バスを教えてくれ、バス乗り場を教えてくれて、 切符も買ってくれました。 幸い台中の出身で、台中にも詳しかったので、私たちが台中で泊まるホテル は、そごうのデパートの斜め向いにあるから、「ソゴウ」といって止まるように頼 めばいいと教えてくれました。 それから、台中から飛行機に乗るために帰る時も、昼の12時には出るバスに 乗ること、第一ターミナルビルに入ることなどまでアドバイスをくれました。 そして、私たちが、夜は屋台村みたいなのに行って見たいというと、士林夜 市というのがあり、タクシーで120元くらいで5分くらいで行けるということでし た。 ホテルでは食事を頼んでいなかったため、その士林に行って見ようと、興味 津々 、夫とホテル前にちょうど来ていた黄色のタクシーを拾って、行って見まし た。 士林というところは、台北の北のはずれにあり、夜店がにぎやかに並んで いました。海賊版のCDとか、おもちゃ、バッグや、お好み焼きみたいなの、蒙 古焼肉みたいな店、なんだか見た事もない料理を、簡単な椅子とテーブルを並 べて売っていました。 いかにもアジア的というか、ごった煮みたいな喧騒です。夫は一通り歩いて 見ようと、回ってからさて、と中の一軒を選んで座ったものの、メニューは紙に書 いたのはなく、壁に貼ってあるので、指でさそうにもさせませんでした。しかも漢 字はなんとか読めても、撥音がわかりません。 焦って、探すと「鍋焼米粉」なる料理が目につき、ビーフンならわかる、と ばかりにやっと注文出来ました。 鋳物の鍋に入った、イカだのホタテだの白菜だの卵だのが入ったビーフン鍋 が来ました。あっさりした塩味で魚介のスープの味でした。 次に夫が入ったのは、「傳統杲(こう・かたい)豆腐」というのを注文して みました。 すると、厚揚げの固いのにキャベツなどの野菜炒めが乗ったようなのでした が、量が多いのにおいしいと思えませんでした。 次に、果物が欲しいと思ったのに、ジュースしかなく、探すといろんな果物 やゼリーをお皿に盛るお店があり、適当にガラスのお皿に盛ると、なんとその 上にたっぷりとかき氷を乗せて、黒蜜をかけてくれました。 たいして暑くもないのにかき氷は気が進みませんでしたが、夫がテーブルの 上にあった黄色の粉を、きなこと思ってたっぷりかけてくれました。 ところが、それはきなこではなく、塩辛い味がして、その部分は辛くて食べ られず、 しかたなくその粉がないところをなんとか我慢して食べたと言うことで、言葉 が出来ない と言う悲哀をたっぷりと味わいました。 そこの壁に貼ってあったメニューで 面白かったのは、「奇異汁」は、キーウイジュースだったことでした。 物足りないというか、わびしいような思いで帰りのタクシーを拾いました。 ちょうど信号待ちをして止まっていた、おかっぱ頭の中年のオバサン運転手の 車です。 持って行ったホテルの名刺くらいのカードを見せると、メガネを取り出して 読み取り、OKということで、発車しました。気を利かせてか、日本の演歌の演 奏のカセットをかけてくれました。演歌はどっちでもよかったのですが。 肩丸出しの服を着た運転手さん、元気のいいオバサンね、助手席の前には造 花なんか飾って、さすが女らしい、と思っていたら、夫の声に返事したのを聞くと、 なんと、低音。 オカマだったのでした。・・・助手席の背もたれにあった写真入りの名前は、 陳なんとかという男名前だったです。しかも、行きのタクシーは120元で行ってく れたのに、ホテルの場所をわざとかどうか間違えて、145元取られてしまい、が っくりでした。 こうして、台湾の最初の夜はふけて行ったのでした。 |
1.キャセイパシフィック機から見た、宮崎の日南海岸のあたり。![]() 2.「忠烈祠」の衛兵交代。白い海軍の軍服が一番かっこいいのだそうです。 若くてすらりとした兵士の行進を、観光客が取り巻いています。両側には先輩格のワイシャツ姿の介添え役が付いています。 ![]() 3.蒋介石が大陸から大部分を持ちだしてきたという、中国の至宝が眠る故宮博物院。 ![]() 4.中正公園の入り口。中には広大な石畳の広場、その右にはオペラハウスの国立音楽庁、正面には蒋介石を記念した中正紀念堂、左に国立劇場の国家劇院があるデートスポットのようです。走ったり、結婚式の記念撮影をする事も多 くあるそうです。 ![]() 5.士林夜市。完全な屋台というよりは、ビルの1階に雑多な区画があって、小さな店がたくさんあるという感じ。 ![]() 6.煮込みビーフン鍋を注文したお店のオジサン。アルミの行平鍋でほかの人 の注文を作っていました。 ![]() 7.果物にかき氷、その上に黒蜜、そして・・きなこと思ってかけた黄色い 粉、これが塩らしく、しょっぱいのなんの・・・(ーー;) ![]() |
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